LOGIN還名房が正式に仕事を始めて七日目、私はようやく、自分たちがとんでもなく面倒なものを作ってしまったのだと理解した。
白家の帳を壊し、人の名を勝手に奪ったり与えたりできないようにして、本人が望むなら元の名へ戻り、別の名を選びたいならその意思を記録し、まだ決められないなら決められないまま残しておける場所を作る。それだけ聞けば、ずいぶん立派で優しい仕組みに思えるのだけれど、実際に始めてみれば、名前というものは洗濯物よりずっと扱いが面倒だった。
「だから言ったじゃない。名前なんて本人に聞けばいいって。『あなたは今日から何て呼ばれたいですか』って聞いて、その名前を書けば終わりでしょ?」
朝から三度目になる欠伸をしながら、蘭々が記録机の端へ頬を乗せたので、向かいに座っていた方玄が露骨に眉を寄せた。
「終わりません。本人が希望する呼称と、出生時の名と、現在の戸籍名と、過去に使用していた名と、法的に変更可能な名は別です。それらを一
第二章 第七十三話 死人が還名房へ来ました 還名房が正式に仕事を始めて七日目、私はようやく、自分たちがとんでもなく面倒なものを作ってしまったのだと理解した。 白家の帳を壊し、人の名を勝手に奪ったり与えたりできないようにして、本人が望むなら元の名へ戻り、別の名を選びたいならその意思を記録し、まだ決められないなら決められないまま残しておける場所を作る。それだけ聞けば、ずいぶん立派で優しい仕組みに思えるのだけれど、実際に始めてみれば、名前というものは洗濯物よりずっと扱いが面倒だった。「だから言ったじゃない。名前なんて本人に聞けばいいって。『あなたは今日から何て呼ばれたいですか』って聞いて、その名前を書けば終わりでしょ?」 朝から三度目になる欠伸をしながら、蘭々が記録机の端へ頬を乗せたので、向かいに座っていた方玄が露骨に眉を寄せた。「終わりません。本人が希望する呼称と、出生時の名と、現在の戸籍名と、過去に使用していた名と、法的に変更可能な名は別です。それらを一つにしてしまえば、相続や婚姻、土地所有、納税記録との照合ができなくなりますし、何より別人が本人を騙る余地が生まれます」「また始まったよ。方玄の『法的には』」「私の名前を妙な呼び捨てにしないでください。それと、記録官が法を気にしなくなったら誰が気にするのです」「鈴花が気にするんじゃない?」「どうして私なんですか」 書きかけの記録から顔を上げると、蘭々と方玄が同時にこちらを見た。見ないでほしい。白家の帳を破り、皇后様の死について証言し、太后様や玉蘭妃様や白啓まで巻き込んだ一連の騒ぎのせいで、なぜか私は「面倒になった時に最後に聞けば何とかする人」のような扱いになりつつあるけれど、そんな役目を引き受けた覚えはない。「私は洗衣局の下級宮女だった人間ですよ。戸籍の決まりなんて、方玄さんの方がずっと詳しいでしょう」「だから困っているのです。制度については私の方が詳しい。しかし、この房では制度通りに処理すればいいわけではない、と陛下から
白家の最後の封が解かれても、朝は劇的には来なかった。 空が急に晴れることもない。 花が咲き乱れることもない。 誰かが全部許して、泣きながら抱き合うこともない。 後宮には、まだ薬草の苦い匂いがあった。 洗衣局には、灰のついた衣が山のように残っていた。 医療房では、子供たちが香抜き湯を嫌がり、老医官様が一人ずつ説明していた。 月琴は、自分の包帯をほどこうとして怒られた。 黒豆は、粥を二杯食べて寝た。 梨花は、自分の名を「今日も梨花」と記録した。 青は、まだ泣けないと言いながら、飴を一つ食べた。 蘭々は膝が痛いと文句を言いつつ、洗衣局の下女たちに「怖いままでいい」を広めていた。 私は、台車を少しだけ便利だと思った。 絶対に口にはしない。「顔に出ています」 白瑛が言った。「何がですか」「台車、便利だと思っている顔です」「していません」「しています」「白瑛さんまで蘭々みたいに」「よい悪影響です」 梨花が横から言った。 私は黙った。 この言葉は便利だ。 便利すぎる。 後宮中に広まりそうで怖い。 ◇ 正式な最終裁議は、三日後に開かれた。 すべての罪に判決が下ったわけではない。 そんなに早く片づくはずがない。 太后の罪。 玉蘭妃様の罪。 梁氏の偽皇子計画。 沈氏の偽装。 白家の商路。 柳昭の売買。
白啓は、待っていた。 まるで、こちらが来る時間まで帳に書いていたかのような顔で。 寝台に横たわっているが、目ははっきりしている。 老医官様の薬が効いたのだろう。 死なせてもらえない老人。 その顔には、疲労と苛立ちと、まだ消えない興味があった。「鈴花」 白啓は言った。「今度は何を持ってきましたか」「私の記録です」 白啓の目が、わずかに動いた。 ほんの少し。 だが、私は見た。 驚いたのだ。 白啓が。「あなたの?」「はい」「白家の帳を読む目を持つ、鈴花の記録です」 白啓は、少し笑った。「自らを裁くとは。流行りですか」「白家が嫌うので」「なるほど」 私は白瑛に合図した。 白瑛が第五記録を読み上げる。 声は静かだった。 粥を残すところで、白啓の眉が動いた。 台車を少し便利だと思い始めた者、で、白啓は本当に一瞬だけ目を細めた。 嫌がっている。 この老人は、嫌がっている。 罪だけなら扱える。 傷だけなら帳に入れられる。 だが、粥や台車や泣いたことや友人の名が混じると、白啓の帳では扱いにくいのだ。 白瑛が読み終えた。 部屋は静かだった。 白啓は、しばらく何も言わなかった。 やがて、低く笑った。「雑ですね」「はい」「長い」「はい」「使い
青の紙を読んだ時、私はすぐには怒れなかった。 怒るより先に、胸の奥が冷えた。『最後に裁くべきは、鈴花です』 白啓ではない。 皇后様でもない。 明霞姉様でもない。 私。 私自身を記録しろ、と青は書いた。 しかも、そこに並んでいた言葉は、どれも私が見たくないものだった。 白家を憎みながら、誰より白家の帳を読む目を持つこと。 許さないことで自分を守っていること。 記録する側に立ち、人を裁く快さを少し知ってしまったこと。 吐き気がした。 だが、一番嫌だったのは、反論できなかったことだ。「鈴花」 蘭々が私の顔を覗き込んだ。 膝の包帯はまだ取れていない。 けれど、彼女は当然のように私のそばにいる。「顔が、白啓を見た時より怖い」「失礼です」「ごめん。でも本当」「……でしょうね」 私は紙を畳んだ。 折り目が歪んだ。 手が震えていたからだ。「私を記録します」 そう言うと、部屋が静かになった。 景黎様が、すぐに言った。「今でなくていい」「今です」「鈴花」「青は戻ると言いました。私を記録すれば」「罠かもしれない」「はい」「なら」「だから記録します。罠なら、見えるところに出さないと」 景黎様は黙った。 反論したい顔をしていた。 だが、反論できないことも分かってい
皇后静寧。 小燕。 燕珠の娘。 白啓の血を引き、白啓を父と呼ばなかった人。 沈氏の娘として育てられ、皇后になった人。 瑠華妃様への還子茶記録に確認印を押した人。 後にその罪を知り、瑠華妃様の名を戻そうとした人。 白家を壊す帳を作った人。 女を守るために、女を使った人。 明霞姉様を使い、白瑛を使い、私を証人にした人。 そして、皇帝陛下が愛した妻。 白啓の紙は、また嫌な場所を正確に刺してきた。『皇后をもう一度裁きなさい。 あなたが愛した姉の次は、陛下が愛した妻を。』 私は、その紙を見つめたまま、長く黙っていた。 朝の光は薄い。 医療房の窓から入る光が、紙の端を白くする。 白啓の字は細く、冷たい。 弱っているはずなのに、字だけは衰えていない。 嫌になる。 人の傷を突く力だけは、あの老人からなかなか抜けない。「鈴花」 蘭々が、そっと声をかけてきた。「顔、怖い」「白啓の字を見ていますから」「分かる。字だけで腹立つもんね」「はい」「でも、内容も……その、嫌だね」「はい」 私は紙を畳んだ。 折り目をつける手が少し震えた。 皇后様を裁く。 それは、すでに何度もしてきたようで、まだしていなかった。 皇后様は死者だった。 被害者だった。 毒殺された人だった。 でも同時に、筋書きを書いた人だった。
老医官様は、逃げなかった。 逃げるような人ではない。 それは分かっていた。 分かっていたけれど、だからこそ胸が痛かった。 医療房の中央に、白木の机が置かれた。 いつもは薬草を広げる机だ。 苦い薬湯を調合し、傷を洗う布を畳み、熱を測るための水盆を置く机。 そこに今日は、証拠が並んだ。 薬箱。 薬包。 名捨て香が混じっていた包み。 使われた可能性のある空の包み。 香抜き湯の記録。 誰が、いつ、誰に、どの薬湯を渡したか。 医療房の帳。 そして、老医官様の手。 老医官様は、自分から手を机の上に置いた。 皺のある手だった。 薬草で染まった指。 何度も人の脈を取ってきた指。 血を止め、毒を見分け、傷を縫い、子供たちの熱を測ってきた手。 その手が、今日は疑われるために置かれている。「記録を始めてください」 老医官様が言った。 声はいつも通りだった。 静かで、怖い。 けれど、私は気づいた。 指先が、ほんの少し震えている。 老医官様も、人間だ。 当たり前なのに、私は今さらそれを思った。「老医官様」 蘭々が、長椅子から身を乗り出した。 膝の包帯がずれかけ、すぐ薬童に直される。「そんな、犯人みたいにしなくても」「蘭々」 老医官様は彼女を見た。「白家の罠は、信じている人を調べない時に開きます」「でも」